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未来メモリー

未来の自分に誇るメモリー

病人に贈るなら、健康に良い何ちゃらよりもお見舞金

自分は代替療法が嫌いだから、基本的に信じていない。でも、信じる者は救われるということもしばしばあるし、個人がそれを信じる分には個人の自由だと思う。

ただ、生活に逼迫するほどの極端なお金をつぎ込んだり、しつこい勧誘のように周りに商品を勧めたり、他人に迷惑をかけるとなったら話は別だ。代替療法を勧めた相手が乗り気じゃなかったら、勧めた側は素直に引き下がるのは必要なマナーだと思う。

父の死で知った「代替療法に意味なし」:日経ビジネスオンライン

この記事は、前半は代替療法の成り立ちと背景について説得力のある考察が述べられていた。

そして後半は実際に病気を患う肉親に、知人から100%の善意で贈られる「身体にいいもの」と、善意ゆえに無下にできない筆者の葛藤がリアルに述べられていた。

 

決して廉価ではないであろう「身体にいいもの」をお見舞いとしてもらうくらいなら、同等ないしはそれ以下でもいいから現金をもらった方がよっぽどありがたいという筆者の主張は生々しいが、至極真っ当だ。

自分が誰かを見舞う立場になったとき、筆者の経験からくるこの教訓を忘れないでいきたい。また、自分の周りの人にもこの話は共有して伝えなければならないと思った。

 

一方で、実は私の身近にも、100%の善意で「身体にいいもの」を差し入れしたがる人がいる。もらっても効果に懐疑的な私はどうせ使わない「身体にいいもの」、これまでは相手の善意を汲んで何となく受け取っていたが、いい加減、自分自身が受け取る前に断る勇気も持つべきだとも思った。そしてもし断っても押し付けられた場合には、相手の善意がどうとかクヨクヨ考えずに、その品をさっぱり処分する割り切りの良さも身に付けたいとも思う。