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未来メモリー

未来の自分に誇るメモリー

進路で親と対立しても、観察と分析の結果は聞き出してほしい

独白

自分がブログを書いていると他人のブログを読む機会も増え、進路に悩める大学生などの若い人の文章もこれまでに何度か読んだ。

そこで、自由に生きたい!型にはまった人生にはしたくない!という若者らしい叫びを目にすると、毎回どうしても気になってしまうことがある。

それは「あなたの親の意見はしっかり聞いた?」ということ。

 

私がしたいのは「今まで育ててもらった親への恩を…」などの情感面の話ではない。

子供の観察者としての親の観察や分析記録を、子供はしっかり受け取っておいた方が良いという話だ。

 

一般的な家庭において社会に出る前の子供にとっての親とは、その子供のことを一番長く一番真剣に一番身近で見てきた存在だ。

子供が成長するにつれて親だからこそ知らない子供の一面が増えていくことはあるにせよ、幼少期からどんな経験を積んで、どんな問題に直面してどう乗り越えたか(あるいは乗り越えられずに方向転換したか)、親は何年もの時間をかけてずっと子供を見ている。

だから、親は親なりに自分の子供それぞれに対して観察記録と分析結果を心の中に秘めている。

「この子の考え方はこういう悪い癖がある」

「こういう失敗をする可能性がある」

「こういう環境は不得意だ」

などと、子供を心配する気持ちから殊に子供の弱点についてはよくよく分析しているのが親という存在なのだと思う。

 

若い人たちが自分たちの世界で、それまで知らなかった新しい人生観に魅せられ、その世界に住む人からのアドバイスを受け、心配性の親から反対されるような進路を選ぼうとしたとき。

いの一番に聞くべきは、新しい世界の住人の言葉でも、スマホの向こうの顔も知らない人の言葉でもなくて、生身の自分を一番長いこと見てきた親の意見だ。

その親の意見があまりにも陳腐で時代にそぐわなくて、意見を聞いたところで折り合いがつかないこともあるかもしれない。最悪の場合、喧嘩別れになることもあるかもしれない。

そんなときでも、親の前から去る前に、最低でも「自分の弱点は何か。自分に足りないことは何か。自分はどこでつまずきそうか」と、親が積み上げてきた自分の観察と分析記録だけは聞き出して書き留め、手元においてほしい。

 

新しいことがしたくて、前しか向いていない人ほど、そうした足元の当たり前のことを見失ってるようにしか見えないことが多い。

 

というようなことを最近考えていたのだが、この記事を読んで驚いた。


イジメがきっかけで大学を中退した話 - 沈黙の音色は3オクターブ。

ブクマでも書いたのだが、彼の記事では子供の進路に関する局面の親の反応について何も言及されていなくて、とても不思議だ。意図的に避けて書いたのだろうか。

自分の知っている世界は狭い、と思わざるを得ない。