未来メモリー

未来の自分に誇るメモリー

キャパシティの大きい人、小さい人

http://anond.hatelabo.jp/touch/20160714095611
子育て死ぬ系の記事が理解も共感も出来ない - はてな匿名ダイアリー

中学の頃の私は学業の成績もよく、成り手のないクラス委員などの係は見るに見かねて引き受けたりする生徒だったので、自分でいうのもおかしいが先生からの覚えが良かった。

どういう話の流れでそうなったかは定かでないが、当時の担任教師から「君はキャパシティが大きくて、頼りになる」という主旨のことを言われたかとがある。
そのときに「キャパシティ」という単語を初めて聞いたので「キャパシティって何ですか」と問うと「容量の大きさだ」と説明され、初めて知った言葉だったにもかかわらず、意味を理解してとても嬉しかったのを覚えている。

それがきっかけかはわからないが、自分はキャパシティの大きい人間なんだと思って過ごしてきた。
しかし年齢を重ねると共に、世界は広がり、自分なんかよりもっともっとキャパシティの大きい、大きすぎる人にたくさん出会った。
自分はそういう人にはなれないこと、自分は決して大きい人間ではないことに気付く。

そこに挫折感はなかった。
極めて冷静に、現実を受け入れただけだ。

あるとき、自分のキャパシティの目測を誤ったことがある。持っている容量以上に中身を詰め込みすぎたのだ。
結果、心を病んだ。

幸い、周りの支えがあって病はすぐに完治した。本当に幸運だったと思う。
しかしその経験がとても辛かったので、以後、自分のキャパシティを測り間違えないように、すごく用心しながら生活している。

中学卒業以来、あの教師には会っていないが、あのタイミングで「キャパシティ」という概念を教わったことは自分の中ですごく重要で、感謝している。

人間のキャパシティの大きさは、その人の個性だと思う。
少しのことでいっぱいいっぱいになる人もいれば、驚異的な量のタスクをこなして涼しい顔をしている人もいる。

更に言うなら、トレーニングをして少しずつ生来のキャパシティを増やすことは可能だが、それは時間がかかるし、やり方を失敗すると心身を壊すというリスクがある。
だから多くの人は生まれ持ったキャパシティで勝負をしていくしかない。

キャパシティの大きい人は、それは恵まれた能力のうちの一つなんだから、キャパシティの小さい人をくさすなんて無駄なことをせず、せっかくならそのエネルギーを世のために使ってほしい。
有り余り、持て余しているエネルギーを受け止めてくれる場所、生かすべき場所がきっとあるはずだから。